さつき会ブログ

さつき会イベント委員の有志が会員の皆さんと一緒に様々な情報をお伝えしていきます。           (※ブログ内の関連情報は、興味をお持ちの方にさらに深く知って頂くためのものです。さつき会として販売促進するものではありませんのでご了解ください。)

大阪文楽鑑賞記

イベントだよりCM(0)

会員の藤原佳子さん(87年 理学部)が、イベントに参加した感想を寄せてくださいました。

 4月21日日曜に、さつき会の関西発文楽鑑賞の会に参加させていただきました。参加者は14名、東京や横浜など、関東から来られた方が6人おられました。

 会員のJasminさんがお手配くださり、文楽鑑賞の前に、人形遣いの吉田玉助さんより、文楽人形を間近に見せていただき、舞台での動かし方についての解説を、お聞きする事ができました。主遣いの玉助さんが、娘姿の人形の頭と右手を動かすと、人形の表情は変わらないのに、身振り手振りから、悲しみや恥じらい、喜びなどの感情が伝わってくることに、新鮮な驚きがありました。後から左遣いの方も参加してくださり、主遣いがこう動いたら、左遣いはこう動くと、ピッタリと息が合っていて、まるで生きているかのような人形の動きに感動しました。
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 人形遣いの修行は厳しく、足遣いから始まり、左遣い、主遣いと、10年20年という長い年月をかけて精進していかれるそうです。スポットライトが当たるのは人形と主遣いだけですが、その影には、黒子としての大切な働きをしている方々がいることを改めて知り、人生にも通じる教訓があるようにも感じられました。
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 その後、「和田合戦女舞鶴、市若初陣の段」という、滅多に上演されることのない珍しい文楽を鑑賞しました。女武者の板額が、主君である源頼家の落とし胤の子どもを守るため、実子の市若を騙して、自害させ、身代わりとしてその首を差し出すという、現代人からは感情移入がちょっと難しいストーリーでした。
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 人間国宝の桐竹勘十郎さんが動かされる、鮮やかな紅色の着物をまとった美しい女武者の板額が、息子の市若の初陣に心を振るわせ、手柄を立てることを願い、その子の死が避けられないことに悲嘆し、武士の子として立派に自害した我が子を褒めて、なんとか息子の死を受け入れるまでの気持ちの動きがとてもよく伝わって、すっかりお芝居にはまってしまいました。事前に、解説をお聞きできただけに余計に、人形の動きが面白く思え、クライマックスでは主遣いの姿が目に入らなくなって、人形がひとりでに動いているようにすら感じられました。
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 お芝居の後は、近くの中華料理店で、いろんなお料理を味わいながら、参加者の方々とおしゃべりする贅沢な時間を過ごさせていただきました。関東から来られた方が、関西のどこを観光されたか、関西と関東の見どころスポットの情報交換で、とても盛り上がりました。
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 こんな楽しい機会を設けてくださった、お世話役のゆっちょむさん、吉田玉助さんのお話や当日のチケットのお手配をくださったJasminさんに、この場をお借りしてお礼申し上げます。ほんとにありがとうございました。
 大阪文楽劇場は、東京ほどチケットの入手が難しくないそうで、また機会を見つけて、見に行きたいと思います。その場合、今回、Jasminさんがとってくださった、中央の前から6列目付近が、人形も浄瑠璃も字幕も全てが見やすく、おすすめです。

藤原さん、ご寄稿・ご参加、ありがとうございました。関西の楽しいイベントをまた一緒に企画しましょうね。
(担当:ゆっちょむ)



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東大野球部を応援席で熱烈応援(さつき会イベント)

イベントだよりCM(0)

神宮球場
  5月12日(日)、東京六大学春季リーグ第5週第2日、対法政大学の試合をMさん(さつき会ブログhttps://satsukikai-joho.fc2.net/blog-entry-108.html 参照)のご案内でさつき会有志(とお連れの方)が応援観戦しました。

 この日は母の日ということで、入場前には女性にピンク色のリストバンドのプレゼント。今日はどのチームの選手もこのリストバンドをつけてプレーしていましたし、スコアボードの名前も全員ピンク色で表示される特別仕様になっていました。
リストバンド

 試合開始30分ほど前からエールの交換が始まります。まず東大応援席が「ただ一つ」を全員起立・脱帽で二番まで歌い「フレーフレー東大」の次に「フレーフレー法政」、法政側からお礼の拍手が・・・その次に同じように法政応援席が校歌を歌い「フレーフレー法政」の次に「フレーフレー東大」、こちらも拍手を返します。

 そして、いよいよ先攻東大の攻撃から試合開始です。攻撃時は応援席は全員立って応援します。応援部のリードに従い休みなく紙メガホン(毎回入場時に配られます)やタオルを使いながら、バッターの名前など色々なパターンで歓声を送ります。
 守備時も座っているものの休みはありません。ピッチャーへの絶え間ない応援、そしてストライクを取れば「もう一球」、ツーストライクになれば「三振」コール、打球を処理してアウトにした選手へのコール、ツーアウトツーストライクになると「チェンジ」コールなどなど。

 ちなみに応援部はリーダー(学ランを着ていますが女性リーダーもたくさん活躍しています)、チアリーダー(驚くほど多くの皆さんが活躍しています、踊りも上手で5回守備回はチア曲の披露もあります)、吹奏楽団(演奏も見事ですが、守備時には応援のリードもしてくれます)で構成されていて、そのチームワークはすばらしく、皆さんの絶え間ない笑顔と元気をもらえるだけで応援席に行く価値があると思います。(応援席では写真厳禁なので掲載できないのが残念です)

 試合内容ですが、1点を2回に先行されたものの4回に追いつき、そのあと3対1とリードされても6回に追いつき、7回にはエールを行っている最中に(エールは試合前後と7回攻撃回に行います)キャッチャー杉浦君のホームランが出て4対3と一時はリードしました。法政のピッチャーはプロ注目の吉鶴君で、その左腕からホームランを含めて4点も取るなんて・・・そして勝ち試合・・・と期待は膨らみましたが勝利はお預けとなりました。
 それでも、点が入ると隣の人と肩を組んで速いテンポで「ただ一つ」を歌うのですが、これが最高!やみつきになります。
野球応援参加者2

 さつき会の参加者は応援に慣れないなか、周りの常連の方たちが声掛けやハイタッチをしてくださるなどサポートしてくださいました。
 そのような応援席の皆さんの温かさ、うす曇りで日差しは弱く快適なお天気、試合も息詰まる熱戦となり、さつき会参加者には赤ちゃん連れの方までいらっしゃいましたが、皆さんに楽しんでいただくことができました。久しぶりに大声を出して気持ちよかったという感想もいただきました。そう言えばMさんも最初のきっかけは「誰憚ることなく『ただ一つ』を大声で歌いたい」でしたね。

<担当:NAO>

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茅葺き屋根の手入れの仕方

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20年位前に埼玉県川口市郊外の父の実家の近くにある家庭菜園「田中園」に茅葺きのあずま屋を建てました。

完成

以来茅葺きの維持を経験してきました。
私が考え出した安く茅葺きを維持する方法は、まめに手入れをし、地元に茅場と兼業の職人を持つことです。

埼玉県では茅場もなく茅葺き職人もいなくなりました。3月に建築史関係の人と3人で「埼玉草屋根ラボ」を立ち上げ、現状を把握し、茅葺きの文化財を持つ行政に茅場の形成、職人の育成、定期的な補修を提案していくことにしました。

会員は現在10名です。

4月13日に第1回目の活動として田中園のぐし(棟)改良工事(施工は千葉の茅葺屋根業の小柳津伸哉氏)の見学会を開催し、研修を行い、動画などで記録しました。

ヨシオギ

田中園に隣接する新郷東部公園から分けてもらった茅です(左がヨシ、右がオギ)。

小柳津さんは良い茅だとぐし下の差し茅などに使用してくれました。

杉皮取付

杉の皮を取り付けます。曲げるために3日間水に浸けてあります。

杉皮は奈良産です。

竹簾

一旦はずした竹簾を再び取り付けます。

奥にいるのは研修中のさいたま市在住の植木職です。

完成-部分

工事終了。

右手上方の色が明るいところは今回撮影用に差し茅をした部分で、浮かび上がって見えるのは、他がやせてしまっているから。

完成後の全体を写したのが最初に載せた画像です。

   (71理 原田(田中)紀子)

原田さん、とても貴重な情報をありがとうございます。
       (ブログ担当: Mikkie)


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私の愛した猫たち(後篇)

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さつき会の会員NORI(1964農)さんが共に暮らした愛する猫たちとの心温まるエピソードを綴ったエッセイの続篇です。
4-2 足あと

4)「クルミちゃん」
クルミは、我が家で最高齢まで生きたネコです。
ここ20年間くらい、うちにいらっしゃった方々はご存じだと思います。

1986年秋、ある日の夕方、台所で夕食の支度をしていると、学校から帰ってきた中学生の娘が小さな三毛猫を抱いて、「ねえお母さん、飼っていいでしょう?世話は全部私がやります。えさ代もお小遣いから出します(これはすべて違いましたが)。」というのです。
生まれて10日くらいでしょうか、目が開いたばかりくらいの猫のあまりの小ささに小さな箱にいれたのですが、まだよく歩けなくて、5センチくらいの高さの箱から出られない程でした。牛乳をお皿にいれて飲ませようとしたら、まだ飲み方が分らなく、飲めないのです。
すぐに娘とペットショップに行き猫用粉ミルクと哺乳瓶を買ってきて、飲ませてみました。
やっと飲んでくれましたが、排泄はどうしたらよいのかわからないので、お母さん猫が子猫のお尻をなめているのを思い出し、ティッシュでそっとなぜると無事に出してくれました。そんなこんなで毎日育てていると、順調に大きくなり、ただ、あまりに可愛がって育てたので、自分が猫か人間かわからなくなってしまっているようでした。たとえば、獣医さんに行っても待合室ではちょこんと空いた椅子にすわり、大型犬が入ってきても全然怖がらず、澄ましてすわっていました。診察台も怖がらずに静かにすわっていました。こんな猫は初めてでした。
クルミのいる間にも、何匹か猫が家に入ってきて一緒に住んでいましたが、我関せず、一切知らん顔でした。ただ、自分の名前だけは覚えていて、クルミが寝ているときに友人たちと話をして、その中にクルミという言葉が出てきたときだけ、寝ながら耳がピンと立ってこちらに向けるのです。
これが面白くて、友人たちに何度も「ちょっと見ていてね、クルミというと耳だけこっちを向くのよ」と小声で言って、実験して見せました。呼べばもちろんこちらを向きますから、呼ばないで話の中にクルミだけをいれるのです。クルミは寝ながら耳だけ立ててこちらに向けます。
クルミは長生きをして、18才くらいから誕生日パーティをしていました。20歳の時には、成人式だ!と私も張り切り、写真をケーキに張り付けてくれるケーキ屋さんを探して、バースデ―ケーキを注文して作ってもらい、獣医さんに届けたりして、家でも近所の方をお呼びしてパーティをしました。

4-クルミちゃん-2

老猫になっても、可愛くて、家じゅうのアイドルでした。東京都動物愛護協会から長生きの表彰状が届きました。

2007年に21歳で亡くなりました。
ストレスがないと、長生きをするという典型的な例だと思います。 
獣医さんから、立派な花かごが届きました。

5)「キキ」
5-キキ
キキは、三毛猫ミ―コちゃんと茶トラ猫栄作の子供です。
ミーコは、時々食事に来ていたのですが、ある時期から茶トラのボーイフレンドを連れてくるようになりました。茶トラは、当時ちょくちょくテレビに出ていた吉田栄作という二枚目俳優に目の間が狭いところが似ていたので、栄作と名づけました。
二匹はほぼ毎日連れだって食事に来ていましたが、だんだんミ―コのおなかが大きくなり、うちに来なくなりました。心配していたのですが、それから2,3カ月後のある夏の日の夕方、突然ミ―コが子どもを4匹連れてうちに来ました。びっくりしました。
ミ―コは子どもたちに立派な野良教育をしていたので、子どもたちは全然なつかず、ちょっと近寄ると逃げるのです。庭にダンボ-ル箱や冷たくないようにシートを敷いてやったりしていたのですが、とにかく触らせてくれません。食事だけはちゃっかりとしてゆきます。
そんなある日、突然ミ―コと子猫2匹がいなくなりました。二度と戻りませんでした。残った子猫は、真っ黒と、茶トラです。その黒い子猫は耳が大きくて、当時はやっていた魔女の宅急便の黒猫ジジにそっくりでしたのでジジと、茶トラは主役の女の子の名前キキと名付けました。ジジは、かわいそうに、うちの前の道路で車にはねられて、そのままうちの庭まで走ってきて息絶えました。残ったのはキキだけです。
キキも、ミ―コママの教育が染みついていて、なかなかなついてくれず、それでも数年後には裏口の横に木箱を置いておくと、寒い夜はホッカイロをしいたその中で眠っていました。でも家には入ってくれません。
私にはわりとなついてくれて、でも抱かせてはくれないのですが、腹ばいになり顔のそばで「キキ、チュ!」というと、必ず私の鼻の先にキキの冷たい鼻を軽くくっつけてくれました。これはキキと私だけの毎日の楽しい儀式でした。そして、ご飯を食べているときだけは触らせてくれましたので、そのすきにノミとり薬を首の後ろにつけたり、ぱっと洗濯用の大きい網袋をかぶせて、獣医さんに連れてゆき、避妊手術をしたりしました。「野良ネコ割引」のあるとても親切な獣医さんでしたので、助かりました。クルミもシロ子も大変お世話になった先生です。
豪徳寺にある動物病院でしたが、何十回自転車で通ったことでしょうか。
キキはクルミとも相性が良く(もっともクルミは誰とも平和な猫でしたが)裏口の前に二人の食事を置いておくと、二人仲良く食事をしたりしていました。
キキはある日突然いなくなり、私は泣きながらあちこちに写真入りのポスターを貼って探したのですが、ついに見つかりませんでした。
キキは本当に可愛い大好きな猫でした。あまりに可愛いので、美大に勤めていたころリトグラフを教わったので、キキを描いてリトを作りました。今でも居間に飾ってあります。
額縁屋に行って、「下手なんですけれど、自分で画いたんですよ」と何気に自慢をして額装を頼んだら、額縁屋さんに「どんなに下手な絵でも、額装をよくすると上手に見えるので、大丈夫ですよ」といわれて大丈夫になった絵です。

6)「エン」と「モドキ」
6-エンとモド
もう何十匹という猫を飼い、それぞれに可愛く、良い思い出があるのですが、
終わりに私の最後の猫二匹をご紹介します。二匹とも真っ黒、尾は短いのです。
エンの尾は右に曲がり、モドキの尾は左に曲がり、二人並ぶと後ろ姿は鏡面体になります。

2004、5年頃、うちの裏に当時小田急線の地下化工事のための仮事務所があり、ある日その縁の下から黒猫が出入りをしているのを発見しました。エンちゃんと名付けて、毎日食事をあげていましたが、とても人懐こい猫で、すぐに抱っこさせてくれるのです。
家にも入ってくるし、可愛がっていました。ある日、エンが裏のドアの外で食事をしていると、同じ黒猫がもう1匹いるではありませんか!思わず、目がおかしくなって二重に見えたのかと思いました。この子が私の最後の猫モドキです。エンと同じ黒猫だったので、エンモドキとよんでいましたが、いつの間にか「モド」になりました。
ある日、TVで岩合さんの猫番組を見ていたら、どこかのお寺の猫で、別の猫に似ているのでモドキと名付けたと言って、モドと呼んでいましたので、あ、同じような名前の猫がいるんだなと思いました。

エンもモドも同じ黒猫でしたが、全然違う顔をしていて、骨格もエンはきゃしゃで、モドはがっちりしていました。二匹とも耳に、小さな三角の切りあとがあり、避妊手術をされたしるしを持っていました。
エンは抱かせたり、触らせてくれたのですが、モドは絶対に触らせず、ちょっと手を伸ばすとすっと遠のくのです。
でも、エンに対しては二匹でスリスリして仲良しでした。エンがうちに来てから3ヶ月くらいでクルミが死にました。
エン・モドが二匹でうちに来てから10年くらいしてからでしょうか、エンが急に痩せてきて、来なくなりました。どこかで最後を迎えたのかなと思います。可愛くて、モドに対してもやさしい猫でした。
モドはエン以外の猫に対しては、うなり声をあげて追い払ったり、かなり攻撃的でしたし、私たちに対しても、抱かせてくれない、触らせてくれないでしたが、毎日毎日食事に来ていました。夫の可愛がりようはすごくて、モドは家宝だからと言って、食欲がない日は、「そんな安い餌を買うから食わないんだ」と言って、自分で猫懐石とか、あきれるような高価なキャットフードを買ってきたりしていました。

そんなモドもいつの間にか15年、なんとか毎日食事に来てくれていました。
食べているときだけは、背中なぜなぜさせてくれるようになりました。骨格のがっしりした猫でした。
人間にはさわらせないのですが、この猫はどういうわけか呼ぶと必ずニャンと返事をするのです。
よくうちの物置の屋根の上に寝ていましたが、呼ぶと返事をするので、どこにいるかすぐにわかりました。
今までの外猫は最後はみんないなくなってしまったのですが、モドだけはうちで看取ることが出来ました。モドの返事ニャンのお陰です。

おととしの7月、急に食欲が落ちて、おなかが異常に膨らんできました。
歩き方もふらふらで心配していたら、急に姿を消しました。きっとあの状態なら近所だろうと夜中にライトを持って探しに行きました。筋向いの家のあたりと見当をつけて、モド!と呼ぶと、ニャンと返事が聞こえるではありませんか!真夜中でしたので、そっと隙間から入って行くと、そこの家の濡れ縁に横になって倒れていました。そばに行くと、普通ならすぐに逃げるところ全然逃げないで横になったままでしたので、抱き上げてつれ帰りました。そのままガレージに寝かせ、次の日に夫と近所の動物病院に連れてゆきました。5.2kgもありましたが、そのうち2kgは腹水だろうと言うことで、少しずつ腹水を抜くことになり、原因が分らないので、検査入院をするために、置いてきました。
モドはメスだとばかり思っていたのですが、オスでした。道理で骨組みががっしりした猫でした。

5日後、まだよくない状態でしたが、一応退院しました。ペットサークルをネットで注文してその中に寝かせました。
目薬のお陰で目やにで濁った眼もすっきり、でも寝たきり状態でした。娘は朝出勤前にぱぱっと目薬をさし薬を飲ませ、トイレのシートを替えて約5分、私がすると下手なので30分かかります。娘は毎朝面倒を見てくれましたので助かりました。
毎朝、戸をあけてモド!と呼ぶと、弱弱しい声でニャと答えていたのが、ある朝返事が聞こえず、そばによって呼ぶと、口だけニャとあけましたが、声は出ず、その日の昼ごろ亡くなりました。
うちに来て15年ですから、16―7歳くらいだったでしょうか?
悲しい悲しい日になりました。今まで抱かせてくれなかった分、思い切り抱きました。思い切り泣きました。

*庭の隅野の花と葉にかこまれて白い十字架モドの墓標

長い猫話を読んでくださいまして、ありがとうございました。
猫嫌いの方、ごめんなさい。

3匹のネコたち

まだまだうちにいた猫たちは、ポルシェ、フィニー、ナハト、たま、ガーフィー、、、、数え切れないほどの猫たちと愛しあって暮らしました。
たくさんの幸せを貰いました。  
     NORI
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NORIさん、素敵なエッセイで幸せのお裾分けをありがとうございました。
     (担当:Mikkie)

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「ブルーイマジン」鑑賞記

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「ブルーイマジン」(松林麗監督/後藤美波脚本・プロデュース)を観てきました。

劇場に設置された作品のポスターは真っ青です。
青いコートに身を包んだヒロインが青空と碧海をバックにした構図になっています。
豊島区という本郷からほど近い街にあるシェルターを主な舞台に、女性たちが生きづらい日常のなかにあって人間らしい生き方をあきらめない姿を描く群像劇です。

家族の秩序や力動から解除された多様な女性たちは、若く、そして「かわいく」ありません。
にこにこ微笑んで整然と佇んで「かわいい」という他者評価を待ちぼうけにしているだけではないからです。
彼女たちが実社会で記号的かつ儀礼的に表層に浮かべる笑みは、その下に同時に強烈な違和感や屈辱感といった内面の機微を湛えています。

性的に対象化されることなく、聖女としてあがめられることも悪女として貶められることもなく描かれる彼女たちは、自らの声をミュート解除して生きる主体としてかつ当事者として体験を語ります。
はじめ声をあげられなかった女性たちが、自らの違和感という心の声を聴き、つぎにそのナラティブを真摯に受け止める仲間に聞かれるという他力を経て、さらなる他者たちに語り掛けるべく自力でミュートを解除します。
登場人物が自らの救世主になり、他者が他者自身の救世主となれるように連帯し、ひとつの声が次の声にこだましていきます。

女性が日常的にさらされるマイクロアグレッションを描くシーンの数々を前に、鑑賞者は自らの実体験を、当事者性を、想起せざるを得ません。
とはいえ派手な演出はありません。
一見して名誉男性的にふるまう女性が、機会をとらえて良心を発露させ他の女性のアライになる変わり身を見せるシーンもありますが、ひとつひとつの手続は社会秩序を転覆するものではない、本来的には万人に許された当たり前の所作です。
職場や学校といった公の場所で自分が体験したことを【女性が】公にただ語るというその表現行為が、なぜ目新しく劇的なものに見えるのか。
(そういえば女性も結社していいんだった)(女性も表現していいんだった)と思い出させられた者にとっては、自らの心の中に棲みついた既存の規範意識や秩序が揺さぶられるからではないでしょうか。

「正しい」社会規範を「正しく」遵守するだけでは声をなきものにされてしまう女性たちが、どうその規範を乗り越えていくのか。
「正しさ」が登場人物たちの各人のタイミングで更新される瞬間を目撃するとき、観る者が同時に引き受けるのは、「正しさ」が絶対的な普遍でも不変としてではなく、時代によって相対的に偏在する可変なものにすぎないという価値観の転換です。

「青鞜社」はブルー・ストッキングを団体の名称に標榜した女流文学結社でした。
「ブルー・イマジン」は、誰もが自らの心象風景を思うままに語ることのできる、この世界のどこか、そして私たちの心の中に不思議な場所性を帯びた連帯の物語です。

林香里先生(東京大学大学院情報学環教授/東京大学 理事・副学長)と後藤美波さんの師弟コンビの舞台挨拶写真

ブルーイマジン鑑賞記

文責 エミリー(工05)
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性被害をテーマに描く新作映画「ブルーイマジン」のご紹介

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皆様、映画はお好きでしょうか?
この度は、ご観覧のご案内として、私(さつき会会員 後藤美波(2015年・文))が脚本・プロデュースで関わりました新作映画「ブルーイマジン」を紹介させていただきます。

blueimagine

「ブルーイマジン」は性被害・ハラスメントを受けた女性たちが主人公の群像劇(フィクション)です。今回メガホンを取った監督の松林麗さんという方は私と同い年で、女優としてキャリアを積む中被害に遭い、今回監督として、自分自身の体験に基づいて映画を作られることを決心されました。
日本の#MeTooムーヴメントがハリウッドより数年遅れて芽吹きつつありますが、「ブルーイマジン」は、声を上げられた方・上げようとしている方を孤独にしない、寄り添うような作品です。
ありがたいことに、映画としても高い評価を受けており、ロッテルダム国際映画祭で上映、大阪アジアン映画祭ではJAPAN CUTS アワードスペシャルメンションを受賞しております。

私は松林さんと東京の映画祭で出会い、彼女が温めていた企画に脚本家として入る形で「ブルーイマジン」に携わり始めました。やがてプロデュースの部分も関わらせていただく形になり、今回、このような形で無事に上映を迎えることが出来ました。

私は直接的な形で被害を受けたことはなかったのですが、日々女性として日本で生きる中で感じる息苦しさやモヤモヤを自分の中で紐解きつつ、言語化しつつ、脚本作業にあたりました。その中で、松林さん含め、色々な方のお話を聞いたり、書籍などで様々な経験や体験談を読んだりして、この繊細なテーマをどのように映画という形に落とし込んでいくか、悩みながら進めていきました。どのような形になっているか、ぜひ劇場でご覧いただけましたら幸いです。

立場や国を超えた連帯がテーマでもあり、まさに女性に届いてほしい映画でもあります。


あらすじ:俳優を目指す斉藤乃愛(のえる)は、かつて映画監督から性暴力を受けた経験があり、そのトラウマを誰にも話せずにいた。乃愛は性暴力やDV、ハラスメント被害を受けた女性たちを救うためのシェアハウス「ブルーイマジン」に入居する。ブルーイマジンは住人たち全員が心の痛みを知っている場所で、乃愛はそこに集まってくる個性豊かな人たちとの交流を通して、自分の心の傷と初めて向き合えるように。やがて彼女はブルーイマジンの住人たちとの連帯を深め、勇気を振り絞って“声をあげるための行動”を起こすことを決意する。

予告編

監督:松林麗
出演:山口まゆ/川床明日香/北村優衣/新谷ゆづみ/松林うらら/Iana Bernardez/日高七海/林裕太/松浦祐也/カトウシンスケ/品田誠/仲野佳奈/武内おと/飯島珠奈/宮永梨愛/渡辺紘文/ステファニーアリアン/細田善彦
制作:2024年/日本・フィリピン・シンガポール
尺:93 分
配給 コバルトピクチャーズ



現在は東京・新宿の劇場K’s Cinemaにて上映しております。

Ks Cinemaウェブサイト

東京のあとは関西、九州、中部と全国にて順次上映していきます。

劇場情報

お住まいの近くで上映される際には、ぜひ劇場に足をお運びいただけましたら幸いです。

後藤さん、ご寄稿ありがとうございました。
(担当:はるりん)


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私の愛した猫たち(前篇)

エッセイCM(0)

さつき会の会員NORI(1964農)さんが、共に暮らした愛する猫たちとの心温まるエピソードを投稿してくださいました。少し長いので、前篇・後篇の2回に分けてご紹介します。

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私は猫が大好きです。小さいころから猫のいない生活はほとんどありません。
愛する猫たちの話を少しここに書かせてください。猫嫌いの方がいらっしゃいましたら、 ごめんなさい。

1)「ちずさん」と「さち」
1-ちずとさち
ちずさんは私が中学のころ、今住んでいる代田の家の前に捨てられていたのを姉と見つけて拾いました。
手のひらに載るような小さな子猫で、きれいな三毛猫でしたが、頭に世界地図のような模様があったので、ちずこと名付けて飼うことにしました。
その後、事情があり、杉並、渋谷と小期間転居をして、そのたびに連れて行きましたが、 渋谷の家での出来事です。
私が二十歳前後のことです。体調を崩して休学し、毎日家でほぼ寝たきりの生活でした。ちずさんは毎年のように子どもを産み、私はあちこちともらい手を探すのが大変でした。
その年は、黒と茶のごちゃごちゃのいわゆる雑巾猫の貰い手がなく、家に残りました。幸せになるようにと「さち」と名づけましたが、ちずさんはいつもそばにいて面倒を見ていました。
渋谷の家はおばの家の居候でしたが、庭が広く、大きな鉢に睡蓮を植えて置いてありました。私は体を壊して寝たきり生活で、布団から出られなかったのですが、ある日突然ちずさんが庭から入ってきて、私に向かってニャアニャアと大声で叫び、私を庭に誘導するのです。2mくらい走っては振り返ってニャアニャア!パジャマの私が何事かとついてゆくと、睡蓮の鉢につきました。あらま、中でさちがカポッカポッとおぼれていたのです。
きっと遊んで落ちたのですね。すぐに引き上げて、ガタガタ震えていたさちを拭いて寝ていた布団に入り、胸の上にさちを置き、温めました。忘れられない出来事です。あのとき、ちずさんが助けを求めに来なかったら、あと数分でさちは溺死していたと思います。さちの溺れかけ事件は、忘れられません。
ちずさんは本当に賢い猫でした。このように、人間に助けを求めたことがもう1回ありました。
やはりある日突然助けを求めにニャアニャアと鳴いて外から駆け込んできたので、あわててあとをついてゆくと、隣の大工さんの庭の隅の材木置き場に誘導されました。その下の奥で、ちずさんが生んだばかりの白い子猫が鳴いていました。外から家に入ってきたオス猫に盗まれたのです。その時はとても材木を動かすことが出来ないので、いったん家に戻りましたら、まもなくちずが子猫をくわえて帰ってきたので、ほっとしました。

さちは逆さまつげでした。まつ毛が眼にぴったりとくっついて、私の体調もだんだんよくなって大学に戻ったころ、東大の獣医科の動物病院に連れて行き、手術をしました。
猫の逆さまつげの手術をすると言うので、大学の教室で話題になり、一度研究室に連れて行ったときには、別の研究室の学生が見に来たりしました。当時珍しかった車を持っていた友人が家から送り迎えをしてくれました。
(病院では、竹内先生という若い先生に手術をしていただいたのですが、後でこの先生が上野動物園のパンダのカンカンの主治医でなんどかテレビに出られていました。)
このころ「まどみちお」のさっちゃんと言う歌が流行っていて、コーラス部の部活帰りに友人から教わり、♪さっちゃんはね さちこっていうんだほんとはね♪ などと歌いながら大学からお茶ノ水駅まで歩いて帰ってきたものです。さちについても、数え切れない程の思い出がありますが、甘ったれの可愛い子でした。

2)「かっちゃん」
2-かっちゃん
かっちゃんは茶トラの大きな温厚な猫でした。
ある日私が高校から帰ると、見たことのない茶トラの汚れた大きな猫が裏口にすわっているのです。
見ると、首に汚れた荒縄が三重四重とぐるぐる巻きに巻き付けられて食い込んでいました。びっくりして縄を切ってはずすと、中の首の細いこと!よほど幼い時にくくられたようでした。そしてそして、前足が両方とも指先が切られて無いのです。虐待を受けてたのにこんなに大きくなるまでよく生きられたものだと思いました。そして、こんな目にあったにもかかわらず、おとなしくて人懐こく、利口な猫でした。
よくぞ我が家にきてくれた!と神様に感謝しました。世田谷の家でちずさんと仲良く暮らし、その後杉並に二匹を連れて引越しました。そこで静かに暮らしていましたが、歯もほとんど抜け落ちて、歯がないので、当時東大の矢内原総長にちなんで、姉と、歯無原(はないはら)総長なんて呼んでいました。
だんだん痩せて弱って、老齢で亡くなりましたが、温厚でどっしりしていて、人間の言葉が分る猫でした。
ある日、台所の入口で中に入ってこようとするので、「かっちゃん、お台所は入っちゃだめよ」といったら、そこで止まり、以後ずっと入ってこなくなりました。台所の入口ですわっているのです。歯もほとんどなくて、そうとうの年だったようです。最期をみとれて良かったです。5―6年は一緒にいたと思います。晩年はあごの骨が折れて病院で針金で留めてもらいましたが、食事が出来なくなりました。大学生の姉が魚入りのおかゆをスポイトで与え、面倒を見ていました。
杉並の家は仮住まいでしたので、渋谷の伯母の家の庭に埋めました。
ああ、かっちゃんに会いたいです 。

3)シロ子ちゃん
3-しろこちゃん
シロ子ちゃんは、尾が短く、全身白い毛で青い目の美しい猫でした。
ある日、駅に行く小道を通ったら、ニャニャンと声をあげて寄ってきました。
その日はそれきりで忘れていたら、次の日、また私が家のそばを歩いていたら、数軒隣の家の垣根の下からまたニャニャンと走り寄ってくるのです。
その時も、どこの猫かわからないので、頭をなぜなぜして別れました。
ところがところが・・・翌日、居間の裏のドアを開けたら、外にちょこんと座っているではありませんか!びっくりしました。
こうしてシロ子ちゃんは私の家の猫になりました。
初めはお客様がいらっしゃる時は絶対に家に入らないで外で待っていて、みなさまが帰られると、すぐに入って来ていましたが、だんだん慣れて、いつも居間のソファに寝ているようになりました。幼なかった娘も、チコタンと呼んで可愛がっていました。
獣医さんに健康診断に行くと、歯の状態から、8~9歳といわれました。それまで、どこにいたのでしょうか。人懐こかったので、引っ越しで置いて行かれたか、捨てられたか・・・  それから11年生きたので、20歳近くまで生きたことになり、長生きしてくれました。
獣医さんには、
「猫はね、8歳くらいになると人間の言ってること分るから、目の前でめったなこと言ったらだめだよ」
といわれました。このことは以後ずっと肝に銘じています。
シロ子ちゃんは私が外から帰ると、鍵をあける音が聞こえるのか、必ず玄関まで迎えに出てきました。夜はいつも私の布団で一緒に寝て、夫に相思相愛だねと笑われていました。

シロ子ちゃんの超能力で一つ記憶に残っているものがあります。
ある日の昼間、部屋でのんびりしていたら、突然寝ていた彼女がガバと置き上がり、大慌てで居間の裏の出口の方向に走って行くのです。
なんだろうと思い、ドアを開けてやると、すごい勢いで外に飛び出しました。
その瞬間、ぐらっと大きな揺れが来ました。地震だったのです。
人間には分らないなにかの信号を感じる身体能力が猫にはあるのですね。
   NORI


(後篇に続きます)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NORIさん、心に響くエッセイをありがとうございます。
皆さん、後篇もどうぞご期待ください。
   (担当:Mikkie)

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大自然や地域とのつながりを生かした学校~白馬インターナショナルの動画のご紹介

会員の活動CM(0)

会員の草本朋子さん(1993年経済学部卒)は、長野県にある白馬インターナショナルスクールの設立のために、10年以上前から奔走し、学校用地や寮の購入のために私財を投げうって開校の準備をしてこられました。開校までの草本さんの苦悩や努力、力を貸してくださった方々とのつながりなどは、こちらのnoteに詳しく書かれていますので、ご関心のある方はご覧ください。
同校は、2022年に開校し、この度、大自然の迫力や白馬インターナショナルスクールの雰囲気が伝わる30分のYouTube動画が公開されました。百聞は一見に如かずということで、草本さんよりYouTube動画の紹介をしていただきました。


初めまして。白馬インターナショナルスクールの草本朋子と申します。

出身は熊本ですが、2009年に白馬に移住し、2022年9月に白馬インターナショナルスクールというインターナショナルボーディングスクールを開校いたしました。Hakuba International School 2

プロジェクト型学習をカリキュラムの中核とし、持続可能な未来の担い手の育成を目指して、日々生徒と教職員と共に奮闘しております。

abn長野朝日放送様が本校を取材してくださって、「いいね!信州スゴヂカラ」という30分の番組でご紹介いただきました。生徒たちのいきいきした表情を捉えてくださって、とても嬉しく思っています。こちらの番組ホームページでご視聴いただけますので、お時間ありましたら是非ご覧ください。

また、埼玉、千葉、大阪、兵庫でもこの後放送していただけるようです。このエリアにお住まいの方は、ご覧いただけましたら嬉しいです。
テレビ埼玉3/1(金)午前10:55-11:25
千葉テレビ3/2(土)午後5:00-5:30
サンテレビ(大阪・兵庫)3/4(月)午後6:30-7:00

草本さん、ご投稿、ありがとうございました。
(担当:ゆっちょむ)


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赤松良子さん、安江とも子さん、富井明子さんを偲んで

お悔やみCM(3)

 文部大臣や日本ユニセフ協会会長を務められた赤松良子さん(1953年法学部卒)が、2024年2月6日に亡くなられました(享年94歳)。
 また、長らく会報委員を務められた安江とも子さん(1955年経済学部卒)が2024年1月15日(享年91歳)に、長らく名簿委員を担当し、2001年−2002年にはさつき会の代表理事を務められた富井明子さん(1956年教養学部卒)が2023年6月22日(享年89歳)に、亡くなりました。
 初期のさつき会を支えてこられた赤松さん、安江さん、富井さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
 お三方を偲んで、生前交流のあった会員からエピソードが寄せられましたので、ご紹介します。
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赤松良子さん

赤松さんをご馳走したことがありました。
今から25年前くらい前かなあ。
私は事前にレストランのソムリエに
彼女が元大臣であること、ワインがお好きなことを伝えていましたので
うやうやしく、ワインリストをもってきました。

そうしたら赤松さんが
「わたしねぇ~、ワインは一万円以下しか飲まないことにしているのよ。」って
おっしゃったんです。
関西人の経済感覚、そして私への気遣いのご発言だったのだと思います。
ソムリエはあたふたしてしまい、一回奥に戻ってから、「こちらはいかがでしょうか?」と再提案しました。

その時、私は「かっこいいな~、今の私が『1万円以下しか飲まないことにしているの』、と言っても、ケチとしか
思われない、いつかその言葉が似合う女性になりたい」と思ったのでした。
しかしながら、25年たっても、スーパーで、「5000円以下のワインしか買わないことにしているから」という
ケチなおばさんにしかまだなれていません。
大里真理子さん(1986年文)

私は、赤松さんがスピーチの際に「社会に貢献しなさい。それができない場合はせめて、さつき会のために活動しなさい!」とおっしゃったのを、自分に言われたと思って今までさつき会で活動を続けてきました。
なんだかとてもガックリしてしまって、これから頑張れないかも、、、
森 明子さん(1972法)

私の赤松さんの一番の思い出は、初めてさつき会に参加した頃、総会にやや遅れてスーツの上着を肩にかけて登場されたことです。専業主婦だった私は、その存在感に圧倒されました。とてもおしゃれな方でした。
赤松さんが森さんにかけられたお言葉も現場で一緒にいて、とても印象的でした。
長谷川峰子さん(1975年経)

安江とも子さん

2001年に周年記念エッセイ集を作った時よりご一緒し、会報委員もずっとご一緒でした。
私はアマチュア編集者ですので知らないことが多々あり、いろいろな常識を教えていただきました。
安江とも子さんからご教示いただいた知識を糧として、今は3種類の編集活動に携わっています。
この方面の活動を続ける限りは、いつも心の中に安江さんの存在があり、忘れることはありません。
鈴木美和子さん(1972年農)

私のありとあらゆる質問にすべて応えてくださる方でした。
それはさつき会の沿革だったり、具体的な事務作業の話だったり、会員の方々の人となりだったり。
そしてどんな話もひょうひょうとほほえみながらお話なさるんですよね。
大里真理子さん(1986年文)

安江さんの逝去もショックです。
安江さんが大好きでしたので、、、
とても寂しいです。
良い思い出に心から感謝しています。
森 明子さん(1972法)


富井明子さん

総会での1分間スピーチで下記のようなお話をなさりました。
「私は小さい頃から真面目だと言われ続けて、なんてつまらない誉め言葉だろうと思っていました。
でも、この年になって、真面目で良かったなぁ、とやっと思えるようになりました。
真面目だと信頼していただけます。こうやってさつき会で色々なことを頼っていただけるのも
真面目な性格なお陰。そのお陰でさつき会でこんな素敵な方々とご一緒できます」
この言葉で救われたさつき会の会員はたくさんいたと思います。

すでに還暦を過ぎていらっしゃったと思うのですが、
「パソコンを使えるようになりたいわ」とおっしゃられたので、
ご自宅にお邪魔して、パソコンの設定をお手伝いしたこともありました。
おいくつになられても好奇心がなくなられない方でした。
大里真理子さん(1986年文)

学士会館で新年会をしていた頃、帰りに地下鉄で途中までご一緒したことを思い出します。
いつも、明るいきれいな色を上品に着こなしていらして、すてきでした。
降旗千惠さん(1965年理)

 幹事会で、「これを忘れちゃいけないのよね」とおっしゃりながら、大切そうに紙の束を抱えて帰られる富井さんの姿が印象に残っています。今思うと、あの紙の束は、会員の住所などの変更届だったのだろうと思います。「名簿委員と言えば富井さん」、とみんなが思うくらい、地道な作業をコツコツと率先してしてくださる方でした。一度だけ、富井さんのご自宅での会員名簿の校正作業のお手伝いに行きました。変更届と名簿を根気強く見比べる作業でした。私は一回きりでしたが、富井さんは、その作業を何年も繰り返ししてくださっていたのですね。
 今、私は、名簿委員の仕事を引き継いだ会員データシステム委員をしています。「私は、基本的におおざっぱで面倒くさがり屋なので、あまり会員データシステム委員には向いていないのかもしれない」と仲間内で弱音を吐いた直後に、富井さんの訃報に接しました。その時、富井さんから「ゆっちょむさん、そんなことを言わないで頑張ってよ」と優しく背中を押されたような気持ちになりました。富井さんから受け継いだバトンを着実に受け継ぎ、いつか次の世代に引き継いでいきたいと思います。
ゆっちょむ


 エピソードをお寄せいただいた皆様、ありがとうございました。
 お三方とのエピソードを紹介してくださる方は、ブログチームまでぜひご連絡ください。

 なお、ご逝去のお知らせとともに、安江さんのお嬢様から「さつき会の会報委員としての活動が、母の後半生の大きな柱でした」、富井さんのお嬢様から「母はさつき会の活動を誇らしげに張り切って楽しそうにしていました」とのお言葉をいただきました。最期までさつき会に思いを寄せてくださったことに感謝しております。

(担当:ゆっちょむ)


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着物グッズ豆知識

私のおススメCM(1)


会員のJasminさんより、着物グッズ豆知識についてご投稿いただきました。着物愛好家の皆様、必見です。

いまさつき会ではちょっとした着物ブームで、昨年は東西で着物イベントがありました。
これからもっと着物を着てみようという方々に、あったらいいかもグッズをご紹介します。
私の着物暦はせいぜい15年くらい、このところ年間20回くらい着ています。

1 着付け
*すずろ腰ひも
  ポリエステル・ポリウレタンのメッシュ素材の両端にウールのひもが付いています。
  ゴムではなくて、摩擦の力で着物がばっちり止まります。
  すずろベルトという伊達締め状のものもあり、摩擦力が強くて帯が締めにくいため、使うなら長襦袢の方です。
*帯板
  ゴム付きが断然便利です。帯の間ではなくて、帯を巻く前に付けることになりますが。
  夏はメッシュ素材がいいです。
帯板
*帯枕
  長い方がきれいなお太鼓にできます。

2 下着
*タオル
  下着の目的は、長襦袢の汚れ・汗防止と補整ですが、肌襦袢のウェスト位置にタオルを巻くと、汗対策と補整が一度にできます。タオルを幅半分に折って、両端にひもを付けておくと、使いやすいです。
*Uネックインナー
  肌襦袢+裾よけが昔ながらの下着ですが、上はUネックの五分袖や八分袖のインナーで十分です。ただし、後ろの襟ぐりが深めのものを選びます。
*ステテコ
  裾よけよりステテコの方が、足さばきがよく、特に汗をかく時期は太ももがベタベタしません。股上の浅いものを探します。夏は麻のステテコをお薦めします。
*ボディシェイパー
  お腹を押さえるガードルは股上が深くて、トイレのとき面倒ですが、ボディシェイパーにすると、胸とお腹をしっかり押さえてくれて、トイレ問題がありません。和装ブラジャーや和装スリップも持っていますが、ボディシェイパー+肌襦袢(又はUネックインナー)+裾よけ(又はステテコ)にする日の方が多いです。

3 防寒
*ウールのコート
  道行や道中着ではなくて、衿のあるデザインのウール(又はカシミア)のコートがあると暖かいです。既製品がいろいろあります。袖の振りが閉じているのがポイントです。
*マフラー
  ウールのコートには、マフラーも合います。もちろん洋服と兼用です。ショールより断然暖かい。
*指なしロング手袋
  着物は「3首」が寒いので、手袋は長いのをしたいのですが、そうするとお金を出したりするときに外すのが面倒です。指なし手袋だと外さなくてもたいていのことができます。
*MUJIのあったか綿レギンス
冬は静電気に悩まされますが、綿だと静電気が起きにくいです。
揃いの、あったか綿Uネック八分袖は、後ろ襟ぐりが少し深くて、肌襦袢代わりに使えます。
MUJIのあったか綿レギンス
(出典)無印良品のホームページより
*五本指タイツ
  レギンスでは足首や足先が寒いと思うときは、五本指タイツにすると、足袋が履けます。

4 夏
*爽竹長襦袢
  竹の繊維を使った長襦袢らしいですが、肌に付かず、丸洗いできて、気持ちがいいです。半襟を付けたまま洗濯機で洗ってしまいます。
*麻の長襦袢
  真冬以外は、使えます。水洗いできるものは便利です。

5 足元
*兼用草履
  晴れていても道路に水を撒いたりしてあると、普通の草履はすげ穴からしみ込んでしまいます。晴雨兼用草履は、底の全面がゴムなので、路面を気にせず歩けます。かかとの高さは4センチ程度あった方が、路面からの汚れを防げます。
*カレンブロッソのカフェぞうり
  街着のときしか使えませんが、とても歩きやすく、汚れや雨を気にしないでいいので便利です。
カフェ草履
(出典)カレンブロッソのホームページより
*鼻緒止め
  マジックテープやクリップ状の草履のマーカーです。草履を脱いだときの目印になります。

6 その他
*雨コート
  ちょっと安っぽいですが、ポリエステルの二部式のが、丈の調節ができて便利です。
*帯飾り
  街着のときは、帯飾りがあると楽しいです。完成品も売ってますが、プラスチックの根付棒を買えば、手持ちの根付や携帯ストラップ、ペンダントトップなどを付けて、好きなように自作できます。
帯飾り
*ズボン用洗濯ネット
  長襦袢、ゆかた、綿着物を丸洗いするときに、たたんでネットに挟み、端からくるくる巻いて、袋に入れてファスナーで閉じます。型崩れが防げます。洗ったら、着物ハンガー(袖を広げられるもの)にかけて部屋干しします。


Jasminさん、ありがとうございました。
興味を持った貴方、さつき会の着物イベントに着物で参加してみませんか。

Perfect Days鑑賞記

東京都CM(0)

ヴィム・ヴェンダース監督の「Perfect Days」を観てきました。

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平山は清掃員。
現代の名建築家たちが設計を手がけた渋谷区の公共トイレ「The Tokyo Toilet」の作品群を清掃しています。
意匠を凝らした設計とは言いがたい、古びた風呂無し木造アパートに住んでおり、玄関から内階段を上がった2階の二間つづきの和室にはカーテンがありません。
窓の外が明るくなり始める時間に竹ぼうきが路面をする道路掃除の音で、平山は目を覚まします。
早朝の車通勤で聴くのはカセットテープで再生する70年代の洋楽の数々で、特にアニマルズの「The House of the Rising Sun(朝日のあたる家)」がお気に入りです。

アルバムの曲順を律儀に再生し続けるカセットテープのように、平山の日常ではセットリストの日課がきっちり繰り返されます。
ほとんど家財のない殺風景な部屋で存在感を放つ文庫本やカセットテープの数々からは、一見無口そうな平山の内面に豊かな言語の世界が広がっているであろうことが窺えます。

自分ひとりの営みの反復に、音飛びのようにふと生じる人間関係のリープ。
読む本の中の「影」の文字に魅せられ、木漏れ日の写真撮影を休憩時間のささやかな楽しみにしている平山は、ひとの心の翳(かげ)にもよく気づきます。
誰かが平山に自己開示の語りをする瞬間、静かな生活を形どる沈黙という自他境界が揺らぎ、平山の過去の断片が垣間見えます。

長く暗いわだかまりに吹き込まれる新たな関係性は、家族(house)にとっての朝日(rising sun)のようでもあります。
朝日(rising sun)の当たる家(house)に住まう平山もまた、他の誰かを照らす朝日なのかもしれません。

さつき会の皆様にご注目いただきたいのは平山行きつけの写真屋「十字屋」のシーンです。
エンドロールに「DPE OWNER : MOTOYUKI SHIBATA」とクレジットされている通り、写真屋の店主役で東京大学名誉教授の柴田元幸先生がご出演されています。
主人の佇まいが店の背景に溶け込み、パラレルワールドを見ているかのような不思議な感覚になります。

さつき会会員必見の映画です。

(担当:はるりん)
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短歌結社・『塔』

会員の活動CM(0)

IOT塔表紙
※雑誌『塔』 2024年1月号、2023年9月号
    


私・アレクサンドリアは短歌結社・塔に所属し、活動をしています。

因みに、短歌結社とは、
 現代短歌大辞典によると、特定の目的や関心に基づき結合した集団、であるとされ、短歌の場合は指導的歌人を中心に、機関誌を発行し、歌会を行うのが基本的活動とされています。
 短歌結社が歌壇に定着したのは、大正期に入ってから、雑誌名で表せば、「写生」を標ぼうする「アララギ」(1908年創刊)などです。現在も永田和弘、吉川宏志、河野裕子、栗木京子らの「塔」、馬場あき子、坂井修一、米川千嘉子らの「かりん」、佐々木幸綱、俵万智、伊藤一彦らの「心の花」などがあります。最近は同人誌的な色合いが強くなったと言われています。

因みに、短歌結社・「塔」とは、
 アララギ系の短歌結社で、1954年高安国世により創刊されました。アララギ的写実をもとにしつつ、前衛短歌運動、女歌、ライトバースなどを柔軟に受け入れ、学生から高齢者まで幅広い参加者を集めています。結社誌には、会員の短歌の他、評論、歌集批評、対談などが掲載されています。

因みに、「高安国世」とは、
 大正2年(1913)~昭和59年(1984)。大阪生まれ、20代に土屋文明のアララギに所属後、戦後『塔』を主宰。「塔」はアララギとも読む。京大でドイツ文学を専攻し、後に京大教授。退官後関西学院大学、梅花女子大学教授を務めておられました。

今回は、私の「塔」でのつたない活動の一環として、2023年9月号「塔」誌に掲載されました、塔短歌会の創始者・高安国世の初期の歌集『眞實』の紹介文ををここに再録させていただきます。この『眞實』という歌集は、歌人・篠弘に、「戦後風俗を拝した真の都市詠の先駆者」と評されています。

IOT高安歌集3

 「高安國世、第二歌集『眞實』を時代と読む」
 
かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は眞實を生きたかりけり

高安國世の代表歌に使われている『眞實』という語句を題名にした彼の第二歌集(一九四五年から四九年)は、

くまもなく國のみじめの露はれてつひに淸らかなる命戀し
 
という敗戦の歌から始まる。
 戦後の生活困難や妻の病などと闘いながら復興が兆す日本の社会を詠み込んだこの歌集には、高安がこだわる真実がさまざまな題材で描かれている。例えば、こんな変わった素材も短歌に詠みこまれている。

人影は絶えたる雨の夕川ばた燒けし金庫のあらはに立てる  

 渋谷のハチ公像や寺の鐘さえ軍事供出された時代に金庫が存在し焼け残ったことに驚くし、ならばその中には当時新円切り替えの際に兌換しそびれた旧円が遺されていたかもしれないと想像が湧く。さらに「あらはに立てる」の表現からドイツ文学専攻の高安が戦間期のドイツのハイパーインフレを思いだし抱いただろう複雑な感情が伝わり、予想外に皮肉な真実がある。
 また高安は病身の妻を支え家事を担った自身の生活を臆面もなく歌に描いている。

我が作りし辨当食ひ居らむ子を思ひつつ晝のパン焼く
我を待つ會合を今日も断りて家をば守る病む妻のため

妻が回復した後の歌、

『保守反動』の言葉に抗議する時ただ清廉の主張もろくして
採決の迫る時わが苦しくて限りなく湧きくる疑惑
 
には、社会運動の胎動に戸惑う正直な心情が感じられる。

水の上はただ時もなき感じにて幼な二人の父母われら

 この歌を結びとする歌集には、アララギ特有の写実性が美しく生かされた歌や、生活に根ざした高安の真摯な人間性が表出した歌が多く含まれており、高く評価されるのは当然なのだろう。
          

※参考文献
現代短歌大事典 三省堂
塔事典 塔短歌会
名歌名句事典 三省堂
高安国世全歌集 沖積舎

(担当:アレクサンドリア)

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歌舞伎の楽しみ方 食べ物篇 京都南座の巻

観劇CM(0)

原田紀子さん(71理)からお寄せ頂いた「歌舞伎の楽しみ方」シリーズ、食べ物篇京都南座の巻です。

江戸時代に歌舞伎の上演は11月から1年間この顔ぶれで行きますという紹介の「顔見世」興行を行った時期があったそうです。
南座は顔見世を12月に開催していますが旧暦では11月なので一番古風なのかもしれません。

ブ-1 南座正面
役者の名前を書いた「まねき」を掲げた12月の南座

顔見世弁当承りますという張り紙をいろんな店で見ます。京都のお弁当はおいしそうです。
南座は歌舞伎座に比べこじんまりしていて座席も狭いので、私は前もって予約をして幕間に外へ出て蕎麦の「松葉」か「一平茶屋」で食事をします。
劇場内には「なだ万茶寮」があります。味は良かったです。

ブ-2 南座脇
南座正面右脇に隣接するビルの右1、2階が「松葉」、左1階が「祇園饅頭」

ブ-3 ゆりねうどん
私はいつもゆりねうどん、夫は鰊そばです。
前はおでんがあったのですが、御園座、歌舞伎座についでここでも無くなってしまいました。

ブ-4 一平茶屋
鴨川沿い南座並びの「一平茶屋」。かぶらむし定食を食べます。

ブ-5 しんこ
短い幕間時間には「祇園饅頭」の「志んこ」など。

ブ-6 餅
手前はニッキ餅、後ろは椿餅と栗餅

ブ-7 南座川側
南座側面、鴨川をはさんで向かい側の京料理「ちもと」より

ブ-8 DSC_0023
「ちもと」玄関

ブ-9 DSC_0024
「ちもと」南座側

ブ-10 DSC_0015
「ちもと」昼は1万円未満から食事ができます。夜の部だけを見る時は便利です。

(71理 原田紀子)

   **********

原田さん、ご寄稿ありがとうございます。
京都南座を訪れたような気分になりました。
次の記事を楽しみにしています。
      (『さつき会ブログ』チーム)



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バレエ交流会に参加して、、、

イベントだよりCM(0)

12月2日にさつき会イベント委員会主催の“東大女子バレエ交流会”が開催されました。参加なさった飯塚和代さん(1993法)がその様子を寄稿してくださいましたので、ご紹介します。

   **********
「バレエを気軽にちょっと科学的に自分の体で体験してみませんか?」というテーマで、お茶の水大学の文教育学部芸術行動学科の教授で元プロのバレエダンサーの水村真由美先生(1997育院)が科学的なお話も交えながらバレエエクササイズをご指導くださった。

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バレエエクササイズはクラシックバレエを基本としインナーマッスルを鍛えることができ、余分な筋肉がつくことはなく引き締まったメリハリボディを手に入れることが出来るとのこと。誰でも楽しく簡単に出来るのでバレエ初心者はもちろん、運動が得意でなくても大歓迎とのことだった。
バレエの指導者は「宇宙を感じて」といった感覚的な言葉で指導される方も多いが、水村先生は研究されている身体運動科学に基づいた言葉で指導をしてくださるとのこと。
担当幹事(同期)の「今日は東大らしくバレエを科学的に体験しましょう」とのオープニングにワクワクする。
30人程の参加者の半数近い45%が何らかのバレエ経験者とのこと。年齢層は大先輩から現役の女子学生さんまで幅広い。

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まず各自持参したマットなどを床に敷いてストレッチ。
この時点で私は足が攣ったが、一緒に参加した同期によると水分不足だと足が攣りやすいそうだ。また一つ勉強になった。
水分補給の後マットを片付けて足のポジションを教わる。体育館は鏡がないので必死に先生や前の人の真似をする。

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音楽に合わせ足のポジションをマスターすると、次は手の動きを付ける。ここまでは何とか付いていかれたが、次に頭の向きも加わると難しくなってきた。だが、ここまで脱落者はいない。

そこから音楽は「白鳥の湖」の「4羽の白鳥」へ。
今日は、3時間で初心者から始めても「4羽の白鳥」が踊れるようになるのが目標である。先生のご経験によると参加者からの達成感が高い踊りだそうだ。4人ずつグループになり2グループずつ発表する。最初は学生グループでホッとする。一つのグループに一人の学生さんが入ってくれてまたホッとする。次々に発表が進むがどのグループも素晴らしい。動画を撮ってもらう方も多くさすが熱心だ。最後は私達のグループ。大先輩と同期、学生さんと私の4人だ。最初の学生グループが横でもう一度踊ってくれることになりホッとする。

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私は皆と左右反対の動きをしてしまい申し訳なかったが、最後のポーズを決めると先生のおっしゃる通り達成感があった。
このように初心者でも達成感が得られる素晴らしいご指導であった。

最後に質疑応答で、先生が科学的に丁寧にお答えくださった。
①ジャンプの着地については靭帯を傷め易く、あの熊川さんもやってしまったそうだ。
②アラベスクのような反る動きは故障のリスク大。バレエエクササイズではいかに怪我をしないかがポイント。腕を反らすだけで優雅に見せることができるので無理はしない。
③股関節を開く動きは基本だが無理はしない。

その他先生のお話で印象に残ったのは
「ダンスはウオーキング、ランニング以上に認知症予防効果が高いという研究結果がある」
「バレエエクササイズと発表会では動きも異なり、バレエエクササイズでは故障のリスクは低い」
「社会的に活躍されている女性が、仕事は先が見えているがバレエではまだできないことが沢山ある、と話していたことに感激した」
などなど。

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今回は大先輩から学生さんまで優雅に踊っておられるのを目の当たりにし、運動を続けることの意義を再確認した。
先生は対面、オンラインでお教室をもっておられるので、参加してみようと思う。
さつき会の皆さま、ご一緒にいかがでしょうか?
  飯塚和代(1993法学部)
   **********

飯塚さん、ご寄稿ありがとうございます。
とても楽しそうな様子が伝わってきて、ワクワクしてしまいました。
次回は皆さんも是非参加してみませんか?
  (ブログチーム担当:Mikkie)


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渋谷ふれあい植物センター:居心地の良い小さな植物園

子連れで行ってみようCM(2)

渋谷駅から徒歩7~8分のところに「渋谷ふれあい植物センター」という小さいけれどユニークな植物園があります。今回はこの可愛らしくて居心地の良い小さな植物園をご紹介します。

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入口を入ったカウンターで入場料100円(小学生以上)を払って入場します。
未就学児は無料。60歳以上の人は、年齢を証明するものを見せると無料になります。

グアバ、パイナップル、ユズの実が出迎えてくれました。

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他にも、実は生っていませんでしたがミラクルフルーツ、オレンジ、マンゴー、バナナ、ドラゴンフルーツ、イチジク、サクランボ、ジャボチカバ、コーヒーノキ、ココヤシなどが素敵な配置で植えられています。
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椅子付きのテーブルの真ん中にはサクランボの「佐藤錦」

部屋の中心の柱の中に小さな空間があります。
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小さな小さな入口にしゃがみ込んで耳を澄ませてみてください。微かに聞こえる音楽は、植物たちが出す電気信号を音階に変換したというちょっと不思議な音楽です。

1階ガーデンの一角にはLEDと水耕栽培を利用した室内型菜園『Farm Labo』があって、天候に関係なく栄養ある有機野菜がスクスクと育っています。

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螺旋階段を上ると2階に行けます。
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図書館のような大きな棚に植物に関する絵本が並んでいます。

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コーヒーノキを自分で育てて、その実で淹れたコーヒーを飲んでみようという本もありましたよ。
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レストランもあります。
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休日は、とても賑わっていました。

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私が注文したのは、「ケールとセサミのピザ」に「ミニサラダ」が付いたセット。ピザはちょっと硬かったけど、なかなかの美味しさでした。サラダの葉野菜は1階のラボで育ったものですね。青臭さも感じられるしっかりしたお味でした。
ハーブウォーターの無料サービスもあります。

ここはこじんまりしたとっても小さな植物園ですが、随所にいろいろな工夫が見られて、楽しくてとても居心地のよい空間です。
皆さんもお子さんと一緒に出かけてみませんか?
もちろん1人で訪れるのもおススメです。
(ブログチーム担当:Mikkie)

渋谷ふれあい植物センター:https://sbgf.jp/


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見沼田んぼにて(3)

埼玉県CM(0)

埼玉県さいたま市の見沼地区で、農家が高齢化して維持できなくなった田んぼを市民ボランティアが支える活動に参加しています。農薬、化学肥料、化石燃料を可能な限り使わない米作りです。
 見沼田んぼにて(1)
 見沼田んぼにて(2)

AO-実りの秋


一面にヒエが繁っていた田んぼは、9月に総出で草取りをして、無事収穫を迎えることができました。
通常の土曜日の活動のほか、田んぼの近くに住むメンバーが出勤前の時間や子供さんが幼稚園や学校に行っている時間を使って、必死になって草取りをしました。

10月に稲刈りをしました。今年は小学校の運動会等と重なり、地域のサッカーチームや塾の生徒さんたちが参加できず、ちょっと淋しい稲刈りとなりました。
稲刈りは、コンバインで行います。コンバインが入れない畦の近くや土がぬかるんでいるところ、雑草が多くて機械に絡まってしまうところは鎌を使って手で刈ります。稲束は、竹を組んで作った干し竿に掛けて2週間ほど天日干しをします。その後、脱穀、籾摺り(もみすり)をして玄米となります。
例年天日干しをしている時期に台風が来て、竹組が倒れて稲束が水に浸かったりするのでその対応も大変なのですが、今年は台風が来ることもなく、無事に作業が進みました。

AO-竹組み作業

AO-稲束運び

AO-天日干し


収穫の時の稲束の丈や重さでその年のお米の出来がある程度わかります。今年はヒエその他の雑草に養分を取られてお米の方は期待できないだろうと予想していましたが、意外なことに稲束が重いのです。天日干しをして、葉や茎の水分が抜けた稲束からは、ずっしりと穂の重みが伝わってきました。10月下旬に配分されたお米は、この10年で一番美味しいような気がしました!

お米はこのようにしてできましたが、米作りの作業はまだまだ続きます。
11月は田んぼの手入れです。稲わらを細断して田んぼにまきます。もみ殻もまきます。土壌の改良や肥料とするためです。今年は行いませんでしたが、レンゲの種を蒔くこともあります(マメ科植物の根に付く根粒細菌が空中窒素の固定をするので、春にすき込むと肥料となるためです)。そして、田の秋耕と周辺の草刈りをします。収穫が終わるとほっとして田んぼに出てくる人数が減るので、十分な作業はできないのですが。

12月は、竹を切ります。この時期になると竹は水を吸い上げなくなるので、乾燥した固い竹が取れるのです。この時期に切った竹を上手に保存すると、翌年の稲の天日干しに使う上質の竹が確保できます。
落ち葉を集めてたい肥にしたり、きれいな稲わらでお正月飾りを作ったりするのも12月です。機械や器具の手入れも重要です。このようにして年末を迎え、冬の間は雑木林の手入れをしたりしながら、春先の「田起こし」の時期を待ちます。私たちだけではなく、田んぼの中に残る水たまりや用水路の底の泥の中では、ザリガニをはじめとした様々な動物たちが春を待っています。
このようにして、毎年毎年米作りが続いてきたのです。



AO-さぎ

  (担当 Aozora)

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日光のお蕎麦屋さん

栃木県CM(0)

原田紀子さん(71理)から、東武日光駅近く、東大卒業生によるお蕎麦屋さんのご紹介を頂きました。

東武日光駅から徒歩5分のおいしいお蕎麦屋さんをご紹介します。
1971年に東京大学工学部建築学科を卒業した天野光明さんが、一人で蕎麦を打ち1日10食を提供する「あまの」(日光市松原町、090ー3100ー3125)です。


IOTあまの玄関
普通の住宅を利用した「あまの」の前で天野さん。

天野さんは慶応義塾大学を卒業して、東大に入学し、卒業後浦和市(現さいたま市)でノイ設計事務所を経営していました。建築は好きな仕事ではあるが、視力、判断力などにおける加齢現象でお客さんに迷惑をかけるようになってはいけないと、引退を計画していたそうです。
60歳で浦和の民家を借り、蕎麦屋とそば打ち教室を始めました。去年10月に地主がマンションを建てるというので一旦閉店し、今年の5月に知り合いに紹介してもらった日光で店を再開しました。


IOTあまの蕎麦
檜枝岐産のせいろ蕎麦。奥は北海道雨立産の蕎麦。

天野さんは各地の蕎麦の実を、業者にそれぞれに挽き方を指定して製粉してもらっています。「あまの」のせいろは2枚で、それぞれ産地が違います。1枚目は色んな産地で2枚目は必ず檜枝岐の蕎麦です。かけは檜枝岐産です。つゆが甘くないのが我が家好みで、浦和では「あまの」のせいろ(もり)が一番おいしいと思っていました。

IOTあまの漬物
自家製漬物。漬床は糠ではなくじゃがいも。左は本日のサービスの蕎麦いなり。

浦和の時より、食数、品数、営業時間を減らし、のんびりした健康的な毎日だそうです。
自宅は神奈川にあり浦和の時は来なかった家族が、日光に移ったらしょっちゅう来るようになったと話していました。
(71理 原田紀子)


☆原田さん、ご寄稿ありがとうございました。お蕎麦もおいしそうですが、リタイア後の人生もいろいろあるな、と楽しみを頂いた感じです。
 (担当: アレクサンドリア)


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着物でお出かけ・山種美術館

イベントだよりCM(0)


「第一回着物でお出かけ・山種美術館」に参加された会員の野村由美さん(2018育院教育学研究科卒業)さんから、イベントの楽しさが伝わる参加報告をご寄稿いただきました。

IOT着物で1

 11月12日(日)、雲行きを案じつつ、空を見上げて家を出ました。しかしお天気は、私たちさつき会の味方についており、折りたたんだ傘をひらくことなく恵比寿の山種美術館に到着することが出来ました。
集まったのは和服姿の会員10名。
 そもそもこの企画、「和服を持っているけれど、着る機会がなくて残念」とか「誰かと一緒に着物でお出かけしてみたい」という声があったことが、きっかけだったそうなのです。
 個性が垣間見える皆様の着こなし。柿の実が描かれていたり、櫨の秋葉が織り込まれている帯には季節が感じられ、白大島の着物の袖から鳥獣戯画の絵柄の紺襦袢がちらっと覗いたりしてあらステキ、各々意匠や小物に凝っていらっしゃいました。着物は見ていても楽しいし、その由来を聞くのも一興です。
 実は山種美術館には、入館にきもの特典があり200円引きとなります。さすがは日本画専門の美術館。
今回は開催中の特別展「日本画聖地巡礼」を鑑賞しました。画家たちが実際に訪れ描いた場所を「聖地」とし、北海道から沖縄まで、地域ごとに作品が並んでいました。まず入口の奥村土牛の「鳴門」の大作を前に、吸い込まれそうになりながら立ちつくしました。東山魁夷の「京洛四季」ではその描き分けにため息をつき、橋本明治の「朝陽桜」にはただゝうっとり…。特集展示も含めて展示数50点足らずでしたが、精選された名作のひとつひとつを、身体全体で堪能した限りです。
 個人的には、1985年の東京渋谷を描いた米谷清和「暮れてゆく街」という絵に魅かれました。再開発が進む渋谷の街ですが、雨の東急東横店を描いたこの作品には、昔懐かし学生時代の風景を思い起こさせる甘美さがあり、暫し佇んで見入りました。遠い記憶の中の綺麗な部分だけが浮かび上がってくる、そんな絵でした。
 圧巻は、やはり重要文化財に指定された速水御舟の「名樹散椿」の屏風でしょうか。京都の椿寺地蔵院の名木「五色八重散椿」を描しいですが、それをここまで完成度の高い絵にしてしまう画家の技量の高さは、何度見ても感動します。
 
  小一時間ほど鑑賞した後、駒沢通り沿いのアレヴェリーテラス・エビスへ移動。注文した大きなパンケーキを取り分けながら、着物の話題、個々のこだわり、仕事のこと、家族のこと。行政への辛口コメントも含み、女子トークが炸裂しました。遠慮や気遣い、気兼ねなくいろいろなことがお話しできるのが同窓の良さですね。時間が経つのが早かったです。「さつき会」の有難さを再確認したひとときでした。
IOT着物2

IOT着物3

 一人ではなかなか着る決心がつかない着物、みんなで集まって語らいあえる「着物でお出かけ」第二弾を期待する限りです。

  野村由美(2018育院教育学研究科卒)

      ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆      
 野村さん、ご寄稿をありがとうございました。
 文中でご紹介の絵画の写真を掲載できませんが、検索で楽しめます。どの絵画も日本画の素晴らしさに圧倒されます。お着物で実物を愛でることができたらどんなに良かったかと思いました。
 それにしても米谷清和の「暮れてゆく街」は題材が極めて印象的ですね、渋谷を経由して駒場や本郷に通っていたことを懐かしく思い出しました。さつき会を通じて知った絵なので尚更です。
   (担当*アレクサンドリア)

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シンガポールの便利なデジタルサービス

海外だより―シンガポール編CM(0)

☆さつき会会員A.Y.さん(シンガポール在住)が投稿してくださった記事です☆

今年6月、日本のデジタル大臣がシンガポールを視察に訪れたという報道がありました。2022年IMD世界デジタル競争力ランキングによると、シンガポールはデンマーク、アメリカ、スウェーデンに次ぐ4位となっています(日本は29位)。私自身もこの国に来てから非常に便利だなと感じたデジタルサービスがいくつかあります。そこで、今回はそんな事例を3つ紹介したいと思います。

①行政手続 
様々な行政手続がオンラインで完結するため、役所に出向くことは滅多にありません。こちらに来る前、日本からビザの申請を行いましたが、書類提出はすべてオンラインだったので非常に楽で、手続きも迅速でした。引っ越し後は、在留カード用の写真撮影と指紋登録のために一度役所に行っただけです。政府からの連絡はEメールや携帯電話のショートメッセージで届き、郵便さえもほとんど使われません。
オンライン行政を支えているのが、Singpass(シングパス)と呼ばれるデジタルIDです。
スマートフォンやタブレット端末などにSingpassアプリをインストールし、登録を行うことで使用できます。登録後は、行政のウェブサイトに表示されたQRコードを端末で読み取るだけで本人確認が完了し、納税など様々な行政手続がオンラインで完結します。最近は必要な場面が減りましたが、コロナワクチン接種証明書もアプリからダウンロードできます。
また、行政だけでなく、銀行口座開設や携帯電話の申し込みなどの場面でも、アプリを使って事業者に必要な個人情報を連携することができます。そうすることで物理的な本人確認書類を提示したり、申し込みフォームに何度も個人情報を記入する手間が省けます。
Singpassの利用は必須ではないものの、国民と永住者の実に97%がユーザーベースに登録されているとのことです。あらゆる人々にとって使いやすいサービスを目指し、多くの国民の意見を取り入れ、四つの公用語(英語・中国語・マレー語・タミル語)で利用できるようにしたそうです。たしかに、操作が簡単でわかりやすく、デザインも見やすいと感じます。

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Singpassアプリ画面(シンガポール政府ウェブサイト)

②キャッシュレス決済
現金しか使えないお店も稀にあるものの、基本的にはキャッシュレスが浸透しています。
シンガポールにはホーカーと呼ばれる屋台や、小規模な店舗が多いのですが、こうしたお店ではPayNow(ペイナウ)と呼ばれる送金サービスが普及しています。スマートフォンで店先のQRコードを読み取るか、店の携帯電話番号を入力して送金します。この仕組みの利点は、相手の銀行口座番号を知らなくても送金できることだと思います。利用するには、自分も相手もPayNowに参加している銀行(主要な銀行は網羅されています)に口座を持ち、携帯電話番号を口座に紐づけておく必要があります。もちろん、友人同士の送金や、オンラインショッピングなどに使うこともできます。手数料無料で、24時間365日利用でき、送金のスピードも非常に速いので幅広い用途で重宝しています。
PayNowはタイやマレーシアなど近隣諸国の送金システムとも連携を進め、国際送金もできるようになっているため今後ますます便利になる予感がします。

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店先のQRコード

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PayNowの送金画面

③図書館
個人的に一番感動したのがデジタル化された図書館です。シンガポールの図書館では紙媒体だけでなく、最新のものも含めて多くの本や雑誌が電子書籍として貸し出されており、図書館のアプリやウェブサイトで借りる・読む・返却のすべてが完結します。期限が来ると自動的に返却されるため、延滞の心配がないのも良い所です。デジタル図書館は、図書館の建物に足を運ぶことが難しい人でも本を読むことができる、素晴らしいサービスだと思います。国民の教育に投資を惜しまないこの国らしい取り組みだと感じています。

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本、雑誌、漫画、オーディオブックまで電子書籍が充実
デジタル化は、スピーディー、低コストで効率的というだけでなく、様々な理由から役所やお店や図書館といった物理的な場所に足を運べない人たちがサービスを享受しやすくなる面もあることに気づかされます。日本でも、こうした便利なデジタルサービスが普及することを願っています。

☆ A.Y.さん、ありがとうございました☆
(担当 アレクサンドリア)


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徳川将軍の御霊廟を歩く

東京都CM(1)

 NHK・大河ドラマ「どうする家康」がいよいよ大詰めを迎えますね。
 今回は徳川歴代将軍が祀られている、芝の増上寺、上野の寛永寺の徳川御霊廟、慶喜公の墓所である谷中霊園を訪ねました。

芝・浄土宗 大本山 増上寺

IOT増上寺
 家康公は父君・松平広忠菩提のため三河に浄土宗・松應寺を建立しましたが、関東を治めるにあたり江戸城の裏鬼門にある増上寺を徳川家の菩提寺に選びました。各将軍の厳粛かつ壮麗な本殿、拝殿、墓所は戦前の国宝であり、御霊廟の敷地は現在の東京プリンスホテルからザ・プリンス・パークタワー東京までと広大でした。が、昭和20年の3月、5月の空襲で被災し殆どを焼失してしまいました。その後昭和33年ぐらいから、二代将軍秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、十四代家茂公、皇女和宮などの御遺体(当初は土葬)は桐ケ谷斎場にて荼毘に付され、南北に配していた墓所から現在の一ヶ所集められ改葬されました。


IOT増上寺霊廟門
現・徳川将軍家墓所門・旧国宝
元文昭院殿・家宣公宝塔前中門です。


 IOT増上寺墓所内
お花が供えられている右から家宣公夫妻(青銅製)、秀忠公夫妻、家継公の宝塔(墓)です。


IOT秀忠お江の方
秀忠公、お江の方の宝塔
戦災による秀忠公の宝塔の損傷は激しく、正室のお江の方の宝塔に一緒に埋葬されました。

IOT皇女和宮宝塔
皇女和宮の宝塔
維新後和宮の希望で、京都でなく、夫・家茂公の隣に埋葬されました。宝塔には菊の紋章があります。

IOT増上寺二の門
有章院御霊廟二天門・重要文化財
日比谷通りに面した、東京プリンスホテル敷地に現存しています。家継の御霊廟の惣門。広目天と多門天が配されています。この門だけでも、日光東照宮を凌ぐと言われた御霊廟の荘厳さが伺われますね。
 ※週末、祭日は地元のボランティアによるガイドツアーがあり、その方の説明を参考にしました。


上野・天台宗 別格大本山 東叡山 寛永寺

IOT寛永寺
 寛永二年に徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するために慈眼大師天海大僧正によって創建されたこのお寺は、京都の鬼門に比叡山があるように江戸城の鬼門(東北)であるこの地に開山し故に東叡山、寛永年間にちなみ寛永寺と名付けられました。
 第五代綱吉公が天海大僧正と親しかったことから、第四代家綱公、その後第五代綱吉公、第八代吉宗公、第十代家治公、第十一代家斉公、第十三代家定公の菩提寺も兼ね、格式、規模でその偉容を誇りました。が、幕末の上野戦争で被災し、明治政府に境内地を没収されその一部は上野公園となってしまいました。現在の国立博物館の辺りが江戸時代までの本堂の場所で、現在の国立博物館の庭(小堀遠州の作)も寛永寺の敷地内でした。
 寛永寺霊園はJR鶯谷駅寄りにあり、二ヶ所に分けて徳川御霊廟がありますが、建物の大半は第二次世界大戦で焼失しました。
 

IOT家綱勅額門
第四代家綱公の御霊廟の勅額門・重要文化財 
家綱公の御霊廟は維新後一部解体され、第二次世界大戦でこの門と水屋を残し焼失しています。戦争の傷跡の深さを感じます。

 もう一ヶ所さらに北側に綱吉公、吉宗公、家定公・天璋院篤姫の宝塔(墓所)が祀られた御霊廟があります。
※通常は非公開ですが、今回旅行会社主催の寛永寺ガイドツアーにて見学をしました。残念ながら宝塔などの写真撮影は不可でした。寛永寺の将軍の宝塔は増上寺の宝塔とほぼ似た感じです。

IOT寛永寺墓所石垣
この石垣は勝海舟と渋沢栄一の手によるものです。江戸時代はもっと低い塀でした。低いと賊による侵入が心配ですが、上野の近く、御徒町に足軽たちが暮らしていてそこに警備を頼み、双方でうまく行っていたそうです。石垣の向こうの森が将軍達の墓所です。

IOT綱吉勅額門2
綱吉公墓所勅額門・重要文化財
綱吉公の御霊廟は宝永六年(1704年)に竣工され、歴代将軍の御霊廟の中でも整ったものの一つでしたが、その一部は維新後に解体され、第二次世界大戦で焼失しました。この門は廟所と共に、これらの災いを免れた貴重な遺構であるとされています。この勅額門の向こうに、綱吉公をはじめ将軍達の墓所があります。

IOT将軍霊廟本殿
勅額門の並びにあるこの建物内にお位牌などが安置されています。

 綱吉の墓地も戦火による焼失のため、現在は愛用の青銅の仏像と共にご遺骨が眠っている宝塔と入り口の麒麟や鳳をあしらった門だけが残るだけです。節約を重んじた吉宗公は敬愛する綱吉公と同じ敷地内に石の宝塔を建立しましたが、綱吉と違い門もありませんし、宝塔も祀った仏像も石でできたものです。さらに吉宗公は華美を抑制するために、今後の将軍の宝塔は自分と同じデザインにすると決めてしまったそうです。敷地内には吉宗公と同じデザインの家定公と天璋院篤姫の宝塔が並んでありました。江戸時代までは将軍と奥方が並んで墓所に入ることはありませんでしたが、篤姫の場合、明治時代に建立されたため、同じ墓所に埋葬されたそうです。すぐ傍に徳川宗家の墓所もありました。戦火を経て木立の中に眠る将軍達の宝塔に往時の権勢を思い、世の無常を感じました。


慶喜公墓所(谷中霊園)
 

IOT慶喜公

 寛永寺から徒歩二分くらいの谷中霊園に、慶喜公の墓所があります。慶喜公は江戸城を明け渡して後、駿府に隠居、余生を過ごしますが、明治35年(1902年)に公爵を受爵、徳川宗家とは別に、徳川慶喜家の創設を許され、貴族院議員になりました。よって寛永寺内にある徳川宗家の墓所とは別に、慶喜は水戸光圀、斉昭に倣い神道を選び、この墓地は自身で造営しました。向かって左側が慶喜公、右側が御正室・美賀子様墓石です。敷地内には他にも御子息とその御正室、御子孫の墓石があります。
 ※地元ボランティア・ガイドさんのお話を参考にまとめました。


関連情報
浄土宗 大本山 増上寺

天台宗 別格大本山 東叡山 寛永寺


(担当:アレクサンドリア)

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歌舞伎の楽しみ方 食べ物篇  名古屋御園座の巻

観劇CM(0)

歌舞伎や能に造詣の深い原田紀子さん(71年 理学部卒)にご投稿いただきました。名古屋御園座、食べ物篇です。

御園座では以前は定例歌舞伎公演として10月に顔見世興行をしていたようです。2018年の建て直し後も50回記念として2019年に顔見世を開催しましたが、コロナ禍もあり、今は歌舞伎は特別公演だけとなっています。


御園座IOT

写真: 現在の御園座入口

前の御園座は、地下が食堂街となっていて池波正太郎などが贔屓にしたおでん屋清富がありましたが建て直しを機に閉店してしまいました。

折角名古屋に行くのだからと、昼は八勝館で懐石料理を食べゆっくりと御園座の夜の部の部に向かうのが理想でした。八勝館は明治中頃に造られた材木商の別邸で三千坪の美しい庭園に茅葺きの建物などがあり昼は多少安く食べられます。2020年に国の重要文化財に指定され、またコロナ禍の影響か少し値段が高くなってしまいました。今回は片岡仁左衛門と坂東玉三郎の特別公演のため「昼の部」、「夜の部」ではなく午後の部だけなので八勝館に行く時間がとれません。
御園座から地下鉄で1駅の河文で昼会席を食べてみました。


河文正面IOT

写真: 河文正面

四百年の歴史があり、1950年建築の建物などが登録有形文化財です。なお河文を設計した篠田進、川口喜代枝は旧御園座の建物を設計していました。

河文二階IOT

写真: 2階紅葉の間

料理は長年引き継いできた味を感じさせました。

河文八寸IOT

写真: 八寸

新御園座の中には食堂がなく(御園座タワーにはあり)場内販売の弁当だけで、しかも持ち込みは禁止です。弁当は何社かありましたが、享保年間創業の八百彦に。東京の二つの辨松のような伝統的な食材、調理、盛り付けではありませんでしたが、味は良かったです。

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写真: 八百彦の「なでしこ」

お菓子は御園座限定販売でばら売りをしていた両口屋是清の「一文字」と御園茶屋の「芋ようかん」を購入。

一文字IOT

写真: 一文字

芋きんつばIOT

写真: 芋ようかん

そのままでは甘すぎましたが、冷蔵庫に入れて固くなったのを小さく切って食べたらおいしかったです。

(71理 原田紀子)


原田さん、ご寄稿ありがとうございました。
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ミュージカル「のだめカンタービレ」とオーケストラ

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はじめまして。ブログ係デビューの「冬旅猫」です。
初めての寄稿になります。
あまり芸術的なことには詳しくないのですが、子育てに少し余裕が出てきた最近は、
時折歌舞伎やミュージカルを見に行く機会が出てきました。

今日は、先日日比谷のシアタークリエで観たミュージカル「のだめカンタービレ」をご紹介したいと思います。
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原作はマンガなのですが、ドラマや映画にもなったので、ご存知の方も多いと思います。
ご存知ない方のために、簡単にあらすじをご紹介します。
音大ピアノ科に通う野田めぐみ こと”のだめ”(上野樹里)と、指揮者を目指すイケメンのエリート学生”千秋様”とのオーケストラを通した恋愛コメディです。

ミューカルはドラマのあらすじをぎゅっと凝縮した内容だったので展開が早く感じましたが、
上野樹里、竹中直人といったドラマの役者をリアルで間近に見ることができ、胸が高まりました。

私はもともと「のだめカンタービレ」は大好きな物語で、
マンガはもちろんドラマも映画もすべて見ていたので、あらすじはほとんど覚えていました。
ですからミュージカルのシーンとドラマのシーンを比べて楽しむということもでき、
ドラマの感動をもう一度味わいつつ、舞台という一瞬一瞬の展開も楽しめました。

あらすじを知らない人にとってもコメディー要素の強いストーリーなので、笑いあり、ほっこりもあり、十分楽しめる舞台です。
何より、リアル竹中直人、リアル上野樹里。二人の演技の上手さ、面白さを間近で見ることができる舞台です。

のだめカンタービレがブームになっていた数年前、娘が中学校でオーケストラ部に入ったこともあり、オーケストラの魅力にもはまりました。
PCやテレビといったモニター越しに聴く音と、会場で生で聴く音はまったく違います。学生オーケストラでも、多くの楽器が一つになっていくハーモニーには感動を覚えました。

今回は友人に誘われての観劇でしたが、これからも興味のありそうな舞台にはたまに行ってみようかなと思っています。

のだめカンタービレの上映は10月29日までなのですが、チケットはすでに完売のようです。
最終日にはライブ配信もあるようです。詳しくはシアタークリエのHPへどうぞ。

最後に、のだめちゃんがいつも持っていたデザインのバッグを記念に購入しました^^

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担当<冬旅猫>



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関西発!着物を楽しむ交流会に参加

イベントだよりCM(0)

「関西発!着物を楽しむ交流会」に参加された会員の「猫」さんから、イベントの楽しさが伝わってくる参加報告をご寄稿いただきました。
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 夏の暑さも和らぎはじめた9月25日(月)京の雅きもの塾池田教室にて、7名のさつき会会員が集まり、着付体験を中心とした交流会が開催されました。 当日は朝10時に教室集合、教室を主宰なさっている清滝裕美さん(1977年文学部社会学科卒)を講師として、着物に関する基礎知識の座学、貴重なコレクションから沢山のお品を拝見の後、着付実習。豪華お弁当のランチをはさみ、お太鼓結びまで完成。お抹茶と美しい和生菓子やGODIVAチョコの取り合わせを着物姿で楽しみながら交流を深めました。
集まったメンバーは関西一円からと東京からも2名!着付の心得があるマイ襦袢持参者から、全部当日レンタルの初心者まで、専業主婦、海外大学院留学帰国後充電中、夏季休暇最終日の大学教員、有給休暇の勤め人等々、立場や専攻、出身地や年次も様々でしたが、初対面であっても同窓の心安さから自己紹介タイムからすぐに打ち解け、和気藹々と着物の奥深い世界をともに味わうことができました。
 着付体験の前に各自で着物、帯、半襟、帯紐、帯揚げを選びますが、お教室の着物類が沢山で選択肢がありすぎ、しかも組み合わせ無限大!それなのに清滝さんがこんなのは如何?と奥から次々と出して来られるので初心者には途方に暮れる場面もありましたが、センスあるメンバーからのアドバイスを手がかりに選ぶことができました。 着付の手順も、清滝さんの説明を聞いてお手本を見て、周りを見て自分もやってみる感じでしたが、初心者がフリーズしていると清滝さんや他のメンバーあちこちから救いの手が伸びてきて助けてくださり、遅れて到着したメンバーにもフォローが入ったので、脳の日頃使っていない部分を使いつつ、背中に手を回して紐を結ぶ動作では腕が攣る寸前になりつつ、わいわいおしゃべりしながら初心者もなんとか自力で着付けることができました。 お太鼓結びが完成してしばしの写真タイム、皆様良い笑顔でした。これから何度でも写真を見返してこの楽しかったひとときを思い出してニンマリすることでしょう。
 そんなこんなで時間がかかり、当初15時終了予定のところ、結局18時解散まで着物の世界にどっぷり浸かり、同窓の皆様との歓談に時間を忘れて過ごした一日となりました。お喋りの内容も専攻のことや仕事のこと、家庭のこと、同窓ならいらぬ気を使うこともなくリラックスして話せるのがさつき会の良いところだと思います。 会場となった清滝さんのお教室も、なにげなくかけてある掛け軸の由来をお聞きするとびっくりしてしまうようなセレブ空間でしたが、一日中さつき会貸切状態で本当に贅沢な時間を過ごさせていただきました。
 着付は日頃なかなか縁がなく、やってみたい気持ちはあってもハードルが高い習い事かと思います。実家から引き取った祖母や母の着物を自分で着てみたいという思いをお持ちの方は、私も含めて沢山いらっしゃるのではないでしょうか。今回思い切って参加してみて(webではないリアルのイベント初参加でした)、一般的にはあり得ないようなさつき会良心価格で、しかも内容もとても充実していて楽しく勉強になり、とても良かったです。日本文化の粋である着物についてもっと知りたい、ちゃんと自分で着られるようになりたいと思いました。また講師の清滝さんはじめ参加メンバー皆様との交流で、今更ですがさつき会会員人材の幅広さ多彩さにふれ、改めて感嘆しております。企画を組んでくださった幹事の方々に感謝です。 イベント参加未経験の皆様も、ぜひ一歩踏み出してみては如何でしょうか。

京の雅きもの塾


「猫」さん、ご寄稿ありがとうございました。
(ブログチーム 担当:ゆっちょむ)



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大宮の漫画会館

埼玉県CM(0)

大宮盆栽村の一角に、日本初の公立漫画美術館である「さいたま市立漫画会館」があります。政治・外交・文化など様々な題材の漫画を描き、日本の漫画の礎を築いた北沢楽天(1876-1955)の住居跡に建てられた小さな小さな美術館です。
NA-漫画会館案内図
小さな施設ではありますが、高い描写力とウイットの効いた風刺が特徴である楽天漫画そして楽天という人間そのものの魅力が実感できます。
NA-北沢楽天

NA-東京パック

現在、11月26日まで「翔んで埼玉」や「パタリロ」の作者 魔夜峰央さんの原画展が開催されています。NA-パタリロ
11月23日からは映画「翔んで埼玉」の第2弾「翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」が公開されます。埼玉をPRする仕事に携わっていた私にとって、前作は涙が思わず出るほど感動した、個人的には最高の郷土愛エンターテインメントでした。

この機会に、大宮盆栽美術館や盆栽村を散策し、その際にはぜひ入場無料の漫画会館にお立ち寄りください。

漫画会館
大宮盆栽村

<担当:NAO>

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アメフト観戦記

イベントだよりCM(0)

会員のK. D. さん(2023年 総合文化卒)に、さつき会のアメフト応援イベントでの観戦記を書いていただきました。なお観戦イベントは、8月のブログ記事東大アメフト部・・」を契機に開催されたものです。


はじめに
9月16日(土)東京ドーム開催の東京大学アメリカンフットボール部WARRIORSの中央大学戦の応援に行きました。アメリカンフットボール部は関東1部上位リーグTOP8に所属しています。部員のほとんどが未経験の中で、日本一を目指して、TOP8の強豪校と渡り合っています。今回のアメフト応援イベントはさつき会の参加者にとっても、エキサイティングな時間となりました。

アメフトの説明
アメフトは陣取り合戦のスポーツです。オフェンス側のチームはパスやランを駆使して、相手陣地のゴールラインまでボールを進めタッチダウンを狙いに行きます。オフェンスにはまず4回の攻撃権が与えられます。その4回のうちに10ヤード以上進むと、新たに4回の攻撃権が追加されます。各回の攻撃をダウンと呼びます。4htダウンのうちにボールを10ヤード以上進めなければ、その時点で相手チームに攻撃権が移ります。ディフェンス側のチームはオフェンスの攻撃を10ヤード以上進ませないか、相手チームのパスをキャッチしたりファンブルしたボールを拾ったりすることで、攻守交代を狙っています。
フィールドではオフェンス11人・ディフェンス11人が戦い、攻守ごとに担当する選手がチーム内で分担されています。アメフトはボールを持ってない選手にもタックルが可能なスポーツです。そのため、力強い展開となることが多く、競技時に着用する防具がしっかりとしています。QBの選手が針のようなロングパスを飛ばしたり、パスを受けたRBやFBの選手がゴールラインまで独走したりするなど、華がある展開になることも多いです。
オフェンス側はQBの選手のパスの線上やRBやFBが走りやすいように道を開けるために、あらかじめタックルによってディフェンスの選手を倒すことが必要になります。ディフェンス側の選手は逆に攻撃のラインをつぶすようにプレーをする必要があり、アメフトは戦術も大変重要になるスポーツです。

試合の展開
東大は1Q2Qに中央大に得点を許すものの、2Qにはキックによるフィールドゴールにより3点を獲得しました。試合も終盤に差し掛かった4Qについに東大はタッチダウンを決めました。ボールを受け取ったバックの選手が走ってどんどん相手の陣地に攻め込み、あっという間にゴールラインを超えました。東大の応援席も今日一番の盛り上がりをみせ、スタンディングオーベーションで応援をしました。残念ながら試合には(11-21)で敗れたものの、選手たちの挨拶の時には応援席が総立ちとなって選手の健闘を称え、温かな雰囲気で試合を終えました。

Aozアメフト試合中

Aozアメフト試合終了後

所感
選手たちの頑張りを間近で応援することができて良かったです。東大の選手たちは積極的に相手選手に果敢にタックルを仕掛けていました。最後のタッチダウンもチームが一丸となってタッチダウンが決まる状況を作り出していたように感じました。チーム力で勝負をしている姿がとても印象的でした。
さらに、東大アメフト部の強さの秘訣は、サポートメンバーの充実にもあるようです。トレーナーやデータアナリストなどの選手の練習や試合のサポートはもちろんのこと、マーケティングスタッフがWARRIORSの広報活動を行っています。今回のさつき会での応援イベントもマーケティングスタッフの方にご案内をいただいたことがきっかけです。さまざまな部内のスタッフがWARRIORSの活動をサポートしています。
加えて、東京大学応援部も全力で応援することでWARRIORSをサポートしています。
タッチダウンの後に残り時間が短い中で中央大学へと攻撃が交代してしまい、応援席が盛り下がりかけたところ、応援部の方が「さあ!最後まで!」と鼓舞していたのが印象的でした。応援部もきっと悔しい中で明るく盛り上げる姿を見て、「私も最後まで精いっぱい応援しよう」という気持ちになりました。応援部はWARRIORSだけではなく東大の運動部をサポートする縁の下の力持ちです。

Aozチア

最後に、今回の試合は、会場に来て応援をしていた皆さんの力も感じました。東京ドームの1塁側内野席の多くがWARRIORSの応援で埋まっていました。若者やファミリー層からご年配までの幅広い年齢層の方がいました。私も初めての応援でしたが、思っていた以上に楽しく、良い経験になり、この先もWARRIORSを応援したいと思いました。


K. D. さん 観戦記をお寄せいただき有難うございました。このエキサイティングな観戦イベントが次回開催されるときは、もっと多くのさつき会員で応援に行きたいですね。

 (担当 Aozora)


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さつき会イベント委員の有志が会員の皆さんと一緒に様々な情報をお伝えしていきます。           (※ブログ内の関連情報は、興味をお持ちの方にさらに深く知って頂くためのものです。さつき会として販売促進するものではありませんのでご了解ください。)

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