さつき会ブログ

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「象鳴き坂」を訪ねて~吉宗将軍に献上された象の話~

静岡県CM(2)

静岡県の浜名湖の北を通る「姫街道」には、引佐(いなさ)峠の少し手前に「象鳴き坂」という急な坂があります。
象が悲鳴をあげた坂とは一体どんな坂なのか、是非自分で体験してみたい!
姉に誘われて強く興味を抱いたので、3年前の4月末に訪れてみました。
今回は、この「象鳴き坂」とそこを通った象について書こうと思います。

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1728年6月、ベトナムから雌雄の象2頭が長崎に到着しました。8代将軍徳川吉宗に献上されるために遥々連れて来られた象でした。
ところがその年の9月、雌の象が死んでしまいました。そこで、残った雄象だけを長崎から江戸まで連れていくことになったのですが、象があまりに大きくて重いので、当時の日本には海路で運べるほど大きな和船がありませんでした。仕方なく、象を歩かせて陸路で江戸まで運ぶこととなったのでした。

1729年3月13日、宰相2人とベトナムからやって来た2人の象使いを含む総勢14名の一行は象を連れて長崎を出発。長崎路を11日掛けて3月24日に小倉に到着。翌25日、大里(だいり)から底の平らな石船で海峡を渡って下関へ。潮の流れが外海から瀬戸内海へと変わる瞬間を捉えての渡りでしたが、海峡の激流に翻弄されながらなんとか渡り切った、まさに危機一髪!この後「道中、船渡しは可能な限り回避すべし」との追触れが出ています。
下関では大寒波で足止めされ、3月29日にようやく出発。山陽道を広島、尾道、岡山と辿り、4月16日に姫路に到着。さらに兵庫、尼崎を通り4月20日大阪に到着して、23日まで逗留。京都に着いたのは4月26日でした。
京都には3泊して、御所で中御門天皇に拝謁した後、4月29日三条大橋を渡って京を出発。この天覧を機に、京を中心に大変な象フィーバーが巻き起こったそうです。

京からは逢坂山を登り、大津から草津へ。草津川を徒歩で渡って琵琶湖沿いに中山道を北上。今須宿から関ケ原の古戦場を通り抜け垂井へ。垂井からは、鈴鹿峠の難所や桑名から宮への7里の船旅を避けるため美濃路を辿って名古屋へ向かいます。
揖斐川は象が深みに嵌って水没しながらも歩いて渡り、長良川を象船で、境川は浅瀬を歩き、木曽川はまた象船で渡り、清州へ。名古屋を5月5日、家康の生まれた岡崎を5月6日に過ぎ、「姫街道」を辿って「象鳴き坂」に差し掛かったのは梅雨の5月8日。雨の中の峠越えでした。その後も雨は止まず、木賀(気賀)で2泊しています。

浜松で東海道に戻り、天竜川、大井川を歩いて渡り、岡部、十国坂、宇津谷峠を通り、安部川では川越人足の人堰で流れを緩めた中を徒歩で渡り、府中(静岡)、清水を抜けて興津へ。5月15日興津を発って由井宿、蒲原、富士川を渡り、沼津から三島宿へ。5月17日にいよいよ箱根に挑みます。箱根の山の険しさは「象鳴き坂」の比ではなかったようで、なんとか箱根宿に辿り着いた象は遂にダウンしてしまい、回復のため4泊5日を要しました。この間、象の不調を江戸に知らせる早馬が二度も出されたり、宰相が箱根神社で象回復の護摩を焚いてもらい、駒形神社で祈願の上お札を頂いたりした記録が残っています。
ようやく回復した象を連れた一行は5月21日に箱根宿を出発し、小田原、平塚、戸塚と泊り、川崎に5月24日に到着。翌25日、六郷川(多摩川)に作られた船橋を渡って、蒲田、大森、品川を通って高輪の大木戸から江戸に入り、浜御殿(浜離宮)に新しく用意された象小屋に到着しました。
長崎から江戸までの354里を74日かけて歩き通した旅でした。
江戸城に参上して、待ちわびる8代将軍吉宗に謁見したのは、2日後の5月27日のことです。

2019年4月、私たちは天竜浜名湖線の都築駅で下車して「象鳴き坂」へ向かいました。
田んぼを抜け、住宅が点在するみかん畑の中の舗装された坂道を上り、牧場を通り過ぎると、道端に草に覆われた一里塚がありました。日本橋からちょうど70里とのこと。

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分かれ道に「姫街道」の立て札があり、ここから細い土道に入ります。石コロだらけの坂道はとても歩きにくく、気を付けながら上っていくと道の脇に大きな「石投げ岩」がありました。引佐峠を上り下りする旅人が道中の無事を祈ってこの岩に石を投げたそうで、岩の上には小石がいっぱい載っていました。

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この辺りからいよいよ本格的な急坂となります。しばらく行くと「象鳴き坂」の立て札!
そこからはさらに道が悪く、急な細い坂道が続きます。左側は崖。

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かなり大変ですが、人間は身体が小さいから泣くほどのことはありません。でも、滑りやすい雨の中、図体の大きな重い象だったら確かに悲鳴をあげたことでしょう。
本当に、よく転げ落ちなかったものです。こんなところを延々と歩かされた象に心から同情しました。なんて気の毒な象さん!!!
急な坂道はまだまだ続きます。息を整えながら、ゆっくり着実に登っていきます。
やっと引佐峠に着きました。

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とても大変だったのに、この峠の標高がたったの200メートルしかないことに驚きました。その割には急な坂道の連続!
峠というのに木々が邪魔して見晴らしは効かず、景色は全く見えません。
ここからは、ひたすら下ります。
さらにどんどん下りていくと突然眺望が開け、浜名湖を見下ろす絶景が!

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疲れが一瞬で吹き飛んだ「象鳴き坂」の旅でした。

さて、江戸城で吉宗将軍に謁見した象のその後について。
一行の通り道となった各藩に多大な負担を掛けながら大騒ぎして江戸まで連れてきて、江戸でも大フィーバーを巻き起こした象でしたが、吉宗はたった3回会っただけで興味を失い、その後は全く関心を示しませんでした。
「金喰い怪獣」の厄介者となった象は浜御殿で12年間過ごした後、中野村の源助という男に払い下げられ、見世物にされた上に餌も碌に与えられず、1742年12月11日、寒さと飢えで衰弱して死んだそうです。21歳でした。

「象が泣いた坂とは一体どんな坂?」という単純な好奇心で訪ねた旅をきっかけに私が知ったのは、なんともやるせないとても悲しい話でした。

参考資料:「象の旅 長崎から江戸へ」(石坂昌三著 新潮社)

(担当 Mikkie)

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